スポンサードリンク

2007年05月18日

和傘の歴史

東洋では、はまず、貴人に差しかける天蓋として古代中国で発明され、その後、飛鳥時代の552年に仏教の儀式用の道具として朝鮮半島(百済)を経由して日本に伝来され、「きぬがさ」(絹笠、衣笠)と呼ばれた。

その後、は平安時代に製紙技術の進歩や竹細工の技術を取り込んで改良され、室町時代には和紙に油を塗布する事で防水性を持たせ、現在と同じ用途で広く使用されるようになった。

また、それと共にを専門に製作する張り職人が登場して、技術が進歩し、『七十一番職人歌合わせ』には張り職人の姿が描かれているほか、奈良の大乗院には唐傘座が組織された。

更に安土桃山時代に、呂宋助左衛門によって呂宋(フィリピン)からろくろを使用して開閉させる傘が輸入され、江戸時代に広く普及するようになった。

元禄年間からは柄も短くなり、蛇の目傘がこの頃から僧侶や医者達に使用されるようになったほか、その広げた際の面積の大きさに着目し、雨天時に屋号をデザインした傘を客に貸与して、店の名前を宣伝して貰うといった事も行われたほか、歌舞伎の小道具としても使用されるようになった。

また、その製作過程は分業化され、江戸時代には失業した武士が副職として傘を製作する事もあった。長野県下伊那郡喬木村における阿島傘などはその一例で、今日でも同村の特産品となっている。


しかしながら、明治時代以後の洋傘の普及により、和傘は急速に利用されなくなっていった。現在では雨傘としての利用はほとんどなく、観光地での貸し出しや、日よけ用として旅館や和菓子屋の店先、野点用などに、持ち歩くのでなく固定して利用される程度である。

現在では岐阜、京都、金沢、淀江、松山等に少数の和傘製造店が残っている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

傘の歴史ってすごく古いんですねぇ〜
しかも、職人さんの長年の工夫と思いつきで現在の傘があるんですねぇ〜

確かに和傘は重くて扱いには難しいですが、やっぱり和服には和傘が似合うんですよねぇ〜

便利な社会になっていきますが、この伝統工芸と日本の和の歴史は是非守って行きたいですよねぇ〜。
【関連する記事】
posted by kiki at 02:03| 傘の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スポンサードリンク

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。